地震に大雨に猛暑と大自然は動いている感じだけれど、人間は、それに大きく人生を変えられて、それでも明日はやって来るから生きてゆくしかないのだけれど、つくづく、未来というのは追いかけるものでもなくて、向こうからやって来るものだと思う。それは、どんな風なものかは、判らないけれど、私たちは、それに対応して行くしかないのである。なら、何が出来るのかそれは、覚悟を持って今日を生きるしかないのではないかと思う。そんな事考えていたら、何を何時楽しむんだという事になろうけれどそれは、つまり、今を生きるという事なのだと思う。一般に時間の流れは、直線的に考えられるけれど、実は、そうでは、ないのだと思うし、たぶん立体的な構造だと思うし、過去のとらえ方によって、今も未来も変化するだろうし、未来のとらえ方によって、今も過去も変化するように思う。これから、来る未来は、変える事が出来ないけれど自分の過去は、変える事は、できるとはずだと思う。いつも自分史というのは、自分の主観でしかないのは、今の点としての自分の存在だけで、確実なのは、今だけなのだと思う。未来を充実させたければ、自分の過去を充実したものにする事だと思う。最も充実した状態というのは、つまり、感謝だったりありがとうだったりするのだと思う。やはり宗教と物理学は、最終的には、同じ所に落ち着いてしまうのではないだろうか。
2018.7.25 久米