人間座スタジオ
5月13日、14日と京都の人間座スタジオでおこなわれたC.T.T. セレクション・イン・京都 vol.118上演会に、出演していました。
遅ればせながら、観にきてくださった方、協力してくださった方、ありがとうございました。

「C.T.T.」に参加するのは、2015年2月の「C.T.T.大阪事務局試演会 vol.17」、2016年1月の「C.T.T. SELECTION 2016 in OSAKA」(いずれも会場はウイングフィールド)に続いて、3回目のことで、ティッシュの会は、はじめて大阪以外で作品の上演をする機会をもつことができました。はじめて京都で、お客さんに観ていただくことができてとてもうれしかったし、大阪事務局の方に推薦していただけて光栄でした。

3回の「C.T.T.」では、いずれも『あのころたのしかったね』という作品を上演しました。これは、もともとは、2015年にC.T.T.の試演会に出るにあたって、ウイングフィールドで、「C.T.T.」でやるなら?という前提でつくりはじめたものです。大阪で上演したものと京都で上演したものは、タイトルは同じですが、大きな構造はそのままに、テキストをほぼ全部書き換え、出演者の役割・性別を入れ替えたりしていて、自分たちとしては全然違う作品になったなあと思っています。2016年にやったバージョンの記録映像をyoutubeで公開しているので、よかったらみてみてください。



そして、今回出演された「ナマモノなのでお早めにお召し上がりください。」「250km圏内」の作品の感想を。本番は観れていなくてゲネプロでのパフォーマンスを観た感想です。合評会などで伺った話も含めてだらだらと書いてみます。上演順に。

ナマモノなのでお早めにお召し上がりください。『川 remember』
出演者なしの「無人劇」ということを、あらかじめチラシなどで見て知っていました。舞台上にはフトン。フトンの上に何か置いてある。スマートフォンっぽい。自分が座っていた席からは視力が悪いのではっきりとはわからなかった。水の流れる音がきこえる。「ふーん、こういうかんじかー、いやでもこれ、人出ないんでしょ?30分これでいくのか?とかいいつつ誰かでてきたりして。これ、見続けるのしんどいんじゃないかなあ?こういうのはもうちょっと短い時間にかぎらないとむりじゃないかなあ?インスターレーションみたいなかんじで観る側が動いて近寄って観るのもいいんじゃ?」などとはじめは思ってたんですが、ぼーっとみてると、目の前で生きて動いているものは何もないはずなのに、あれ、「時間」が流れてるぞ、すげー、と感じるようになった。私は生きてこれを観ててそのあいだ時間が流れてる、というあたりまえのことを感じて、そっからなんかおもしろくなってきた。だから美術館のインスタレーションじゃなくてこれは劇場での上演で客席に座ってみるのがいいのだなと思った。全然長く感じなかった。座って観ていられる・・・、えらそうなことをいうと、観るのに耐えうる。すごい。自分がやるならもっと仕掛けをなんか詰め込もうとしてしまうかも。合評会で演出のヒラタさん(音響もされている)がおっしゃっていたのが、録音ずみの一本の音源を流しているのではなくて、その場で、音を入れてオペされていたということ。ライブ。演奏じゃないですか、それって。ところで、ずっと流れてる水の音なんなんだろうと観てるあいだ考えてて、風呂で手首切って水流しっぱなしの音かなあとか勝手に思ってたけど作品の題名「川」って書いてあった。


250km圏内『No Pushing』
演劇について語られるときに「身体性」ということばをよく耳にしますが、そして自分たちも使ってる言葉ですが、じゃあ「身体性」ってなんやねんといわれたら私はこたえられない。「身体性ある?ない?」ってきかれたら「ないわ、ごめんな~」って感じ。ないから罪悪感。あこがれの身体性。「演劇には身体性をともなっていなければならない」とかよく聞く。というか言われたことある。ちゃんと立てよ、動けよと。鍛錬せずだらだらやってる自分がたまに情けなくなるから「そうですね」とも思うし「うるせえ」とも思う。
250km圏内はかっこよかった。ふたりのからだ、動きは、みごたえがありました。そうか、人は、人のからだにのぼってもいいし、いっけん意味のわからない動きをつくって客に見せたり、わたしたちはそれを観ていいんだなとも思いました。おいおいいまさら~あたりまえでしょそんなこと~と思われるかもしれないけど私ふだん大きな声も出してないし踊りを踊ることもないし、やってはだめだと無意識に思い込んでることがたくさんあって。ふつうに働いてふつうに生活して、普通に、してても生きていくということはなんらかの不自由(枷)があるから、ひとつひとつ風穴をあけて、「あ、べつにしてもいいんだ」と何かからひとつひとつ自由になっていく作業をときどきしなければならない、と、私はくりかえしそう思っていまして、月並みですがそういうことをよく考えます。べつに社会生活・人間生活たのしいし枷あんのも味でしょと思ってますよそれでも。だからなんなんだ。風穴あけるために演劇観ている。中盤ぐらいから小嶋さんが気持ち悪く、黒田さんのミュージカルなどもあったので、よかった、笑っていいやつなんや、と思ってそういうたのしみもありました。うんまあでも、ただただ、からだをみていました。セクシーだったので。あんまなんも考えずウット~リ観よう、と思ってたけど、しんどくならずにいろいろなこと考えながら観ることができたと思います。何を考えていたかは忘れました。演劇をはじめたばっかりのとき、大阪の小劇場をべんきょうのためになにか観にいかなければいけない、と思って應典院に旧劇団スカイフィッシュを観に行ったことがあります。18歳ぐらいで観てすごくむずかしくて意味がわからんかったんですよ。それの演出が小嶋さんだったよ。今は松山で活動されているそうです。

2007年のチケット



2組のプロフィールなどはここに載ってます。↓
セレクション上演会のお知らせ | C.T.T. official blog
http://cttkyoto.jugem.jp/?eid=148