2017年06月


ティッシュの会制作部より

メンバーの森嶌、出井に、それぞれ一公演ずつ、「観に行くつもりじゃなかった公演」を観に行ってもらう・・・というのが今回の主旨となります。
5月某日、某人気劇団の公演で挟み込まれていた大量のチラシ束の中から、われわれ制作部の琴線に触れたチラシを幾つかピックアップし、観に行ってもらう公演の候補としました。
公演を選定するにあたり、下記のような条件を設定しました。

一、今までに観たことのない劇団であること。
二、チラシにクレジットされている公演関係者に直接の知り合いがいないこと。
三、様々な理由により、"もともとは観に行くつもりがなかった"公演であること。

今回は森嶌のリポートです。前回の出井のレポートはこちらです。

観た公演


劇団未来計画TOP 第28回公演「ALL RIGHT!」
会場   in→dependent theatre 2nd
鑑賞日時 6月18日 17:00
料金   2500円(当日券)

ユニット名について

今回の企画により初めて鑑賞させていただく旨となったのだが、こちらの団体のお名前を聞いたのも初めてだった。
しかしこの劇団は今回で28回目の公演、結成から20周年というもはや老舗の領域にも踏み込んだ活動歴である。
20年前といえば、私が演劇の世界へ足を踏み出した頃だ。
そこから紆余曲折ありつつ今も演劇というメディアになんとか関わっている身としては、それだけの期間団体として活動を続けていくことの困難さ、粘り強さに敬意をはらいたい。

ユニット名である、「劇団 未来計画TOP」は「演劇カンパニー未来計画TOP」から屋号を改められたらしい。
マイナーチェンジである。
自動車などでは、2~3年に一度、小さな手直しや販売面でのテコ入れを図るためにマイナーチェンジを行うのとのことであるがこちらは、「20年目」にしてのマイナーチェンジなので、いかにこれまでの活動が安定的だったのかをうかがい知ることができる。
ちなみに、大幅な世代交代などを行う場合はフルモデルチェンジというらしい。

今回のユニット名変更の主なところは、「演劇カンパニー」から「劇団」にした点である。
カンパニー・company(kʌ'mpəni)には、((単数・複数扱い)) 人の集まり,一団;(俳優・ダンサーなどの)一座,一行;(社会的・宗教的な)集団,一門 などの意味がある。
演劇集団や演劇一行から劇団へとよりシンプルに改めることによって、来るべき次の20年へ向け邁進して行こうという気概を感じることができる。

情報宣伝について

まず、この度の公演を拝見するきっかけになったのが、このチラシである。
われわれ制作部によると、5月某日に行われた人気劇団の公演に挟み込まれていた膨大な数のチラシの中でとくに目を引いた5~6種を差し置いて最終的にこのチラシが選ばれた。
私の主観的な感想を述べるが、最初の印象としては、「どことなく80’s的」だった。
タイトルのフォントや配置、写真の雰囲気からも『シティーハンター』や『キャッツ♥アイ』などの、北条司氏的世界観に直結しているという印象を持った。
現在、若い世代には「80’s」のファッションやカルチャーは数年前から流行っているようだし、とりわけ『キャッツ♥アイ』などは、NHKの人気コント番組『LIFE』でもパロディとしてさかんに取り上げられていたので、時代に求められている空気感なのかもしれない。
そして俳優陣の役柄に徹したポートレート写真を配置した上に堂々の全身写真。

情報によるとこの一番目立つ配置のお二人は、劇団代表の辻田 鯉絵さんと「演劇カンパニー未来計画TOP」初期から参加されている川東 陽登美さんのようだ。
このお二人が物語の主要な部分を担うと宣言されているようで、観る方としては安心感がある。
演劇を見慣れていないお客さんにとってもやさしい作りとなっているのではないか。

会場へ

この日、昼からは超人予備校の魔人ハンター・ミツルギさんとともに昭和町の田辺寄席へ、月亭 文都さん一門会の落語を鑑賞しに行った。
12時に一心寺の前で待ち合わせ自転車で昭和町へ向かう。

寄席に辿り着く前に昼食を昭和町駅付近の商店街にあったとんかつ店で取ったのだが、店主はオーダーを受けてから肉を叩き下味を付けカツを揚げる、みそ汁は出汁きいてるし小鉢一品付いてるし、
そのとんかつ店のカツ丼が感動的に美味しかった。
そして桃ヶ池公園に隣接する桃ヶ池公園市民活動センターで15時過ぎまで落語を堪能した。
この、『新・じっくりたっぷりの会 月亭 文都一門会』だけでもひとつのトピックとして語れるぐらい盛り沢山な催しだったが文字数の関係上、今回は割愛させていただく。
そして終演後日本橋へ向かう。
休日の天王寺周辺は買い物客などでごった返し、走りにくかった。

開演のおよそ15分前に会場へ到着、当日券2,500円を支払うとチケット・整理券・チラシの束が入ったビニール袋をいただく。
このビニール袋に入ったチラシの束は、当日券のみのサービスのようだがたいへん良いと思った。
私はなるべく手ぶらで演劇公演に行きたいのだが、この大量のチラシの束に困らされたことは一度や二度ではない。
当日券は開演の5分前入場ということで、しばしロビーで待った。
受付スタッフのスマートな対応に案内。
さすが長年やっているカンパニーはちがうなあと密かに思った。

あらすじ

大阪で探偵事務所を営む任瀬貞也(まかせ・ていや)と姉の任瀬貞子(まかせ・ていこ)。
二人の元には様々な依頼が舞い込んでくる。
しかし貞也はただの探偵ではない。睡眠不足・疲労時にとくに鋭くなる「人の心の声を聞くことができる」という、特殊能力を持っている。
そのため、もともと警察官だった貞也は人の思いや裏側を知ることになり、その思いに答えられないもどかしさや、組織のあり方、融通のきかなさに失望し、退官して私立探偵となった。

そこに夫の素行調査を依頼に来る花柳真紀。
夫の花柳将人は会社でトップの営業マンで、子どもを授かった真紀にも優しくチョー・イケメンの非の打ち所のない優秀な夫である。
そんな将人が大阪に出張に出かけるのだが、同行する美良麗子との関係に不安を抱く。将人の部下であり、真紀の元同僚である麗子は社内でも名うての美女で、獰猛な肉食レディともっぱらの噂。

貞也と貞子は行きつけのカフェで依頼人とファーストコンタクトを取る。
そして契約につながる内容なら事務所に案内するという仕事の進め方をしている。
そのカフェでは任瀬姉弟の甥である桶井唯史が、何食わぬ顔をして依頼人の相談を盗み聞きして、社会勉強?させるという身内サービスなどもしている。

カフェの店主の炭田優子は学生時代からの夢であるカフェ経営を実現すべく努力を重ね、その夢を叶えたのだがアラサーで独身というやや寂しい状況に陥ってしまった。
寂しさを紛らわすため猫のジョージをペットにして店で自由にさせている。
ジョージのおかげで猫好きの客が訪れるため店の経営状態は悪くない。
この猫、ジョージはオス猫で優子にたいし飼い主以上の想いを持っていて、密かに優子に想いを寄せている貞也へ常に威嚇的な態度を取っている。
貞也の特殊能力は動物相手でも有効なようで、ジョージとも会話をしているがもちろん優子にはわからない。

大阪へ出張した将人と麗子。
麗子はあわよくば将人と深い関係になろうと目論んでいるが、将人はまったく与しない。業務が終わったあと、飲食など共にすごして二人の距離を縮めようと麗子は試みるが、将人は夜間に行われるセミナーに参加するからと麗子と別行動を取ろうとする。
仕方なく一緒にセミナーに参加する麗子。

一方、任瀬姉弟・真紀・ジョージ・唯史、一行は真紀の調査依頼のため変装してセミナー会場に乗り込む。
そこで、貞也は花柳将人もじつは能力者であったという驚愕の事実を知ることとなり・・・

感想

  • セミナーの主催者、豪金太郎がピコ太郎氏をモチーフにしているのだろうという怪しさ、インチキ臭さ。

  • しかしその「セミナー」で語られる内容は妙にリアルで、まさにキラキラ系のひとたちが言いそう支持してそうな内容で正直聞き入ってしまった。
    ひょっとしたら作家さんは本当にこの手のセミナーに参加したことがあるのではないか。

  • ラストに紙吹雪が振るのだが、もっっすごい量で、切り抜かれたひらがな・漢字・アルファベット・数字、ひょっとしたらハングルやアラビア語くらいも混じってたかもしれないが、とにかく凄い量だった。皆さんの、その労力と気合に感動してしまった。

  • 当初チラシを拝見したときは任瀬貞也役の辻田 鯉江さんを、男性と思っていたのでじつは女性と知り驚いた。
    完全にだまされていた。
    そして全てのキャストが女性と知りさらにだまされた。このカンパニー自体、女性のみで構成されていると知り再度驚いた。

  • 全体の印象としては、宝塚や、今はなきOSKのような歌劇団がフォーマットとしてあると感じた。セリフにジェスチャーが様式的に入る。
    それがシステマティックに、法則性があるように見えたので様式美としておもしろかった。

  • ストーリーとしては、ひょっとしたら描かなくても良い人たちもいたかも知らないが、キャラクターとしての魅力が豊富でいなくてもいいとは全く思わなかった。

  • 現実の二段上くらいを描いていると思った。劇場に来てまで現実的なことを見たくないと思う人がいる以上、当然必要なことであり、手法であると思った。

  • 全員が「やれている人」で私たち、私からとても遠いところにいる人達だと思った。

  • 発声・滑舌が素晴らしく、途中でその動きも然ることながらアニメーションを鑑賞している感覚にわずかな時間だったが本気でおちいった。


※ 本文中に「今はなきOSKのような」という表現がありますが、2004年の近鉄あやめ池遊園地閉園頃に解散したと思い込んでいました。数カ月後には有志により再結成されており、現在も活動を続けておられます。
http://www.osk-revue.com/







あっという間に初夏の様な気候になってしまいました。まだ、これから梅雨がやってくるし、その後、本当の夏がやって来ます。人間が悩んでも、宇宙はいつも通り働いて、この地球に、そしてこの日本に四季がやって来ます。その昔、神様の前で物々交換をして、その時にお金の代わりに用いられていたのが御札(おふだ)でそれが御札(おさつ)つまり紙幣の始まりらしいのですが、ひょっとすると現代の神社は、スーパーマーケットではないかと時々、思ってしまいます。そこには、世界中から食材が集まっていて、私たちはお金を持って行けば、その食材を購入することが出来ます。カリフォルニアや南アフリカのグレープフルーツ、チリのワイン、韓国のラーメン、ニュージーランドのチーズ、今のスーパーは、世界中から商品が集まっています。私たちは、お金さえあれば、それを苦労する事なく手に入れる事が出来ます。ある種、不思議です。ある人は、山に行き、又ある人は海へ行き、又、ある人は牛や豚を一生懸命育てているそれをある意味、私たちはとても楽をして手に入れています。それは何故か、それはきっと人間が根本的には、人が群れて生きて行く動物だからだと思います。つまり人にとって助け合ったり、協力する事は、必要不可欠であり、それが無いと人は生きて行けないのだと思います。それは、人に迎合するという事では無くて、自分の信じた道を進み続ければ、いつか、どこかで誰かの眼に止まり、そこから道が開けるという事だと私は思うのですが。
2017.5.25 久米


ティッシュの会制作部より

メンバーの森嶌、出井に、それぞれ一公演ずつ、「観に行くつもりじゃなかった公演」を観に行ってもらう、というのが今回の主旨となります。

5月某日、某人気劇団の公演で挟み込まれていた大量のチラシ束の中から、われわれ制作部の琴線に触れたチラシを幾つかピックアップし、観に行ってもらう公演の候補としました。

公演を選定するにあたり、下記のような条件を設定しました。

一、今までに観たことのない劇団であること。
二、チラシにクレジットされている公演関係者に直接の知り合いがいないこと。
三、様々な理由により、"もともとは観に行くつもりがなかった"公演であること。

今回は出井のリポートです。

観た公演


青空ピクニック #1『ぼくのすきな、きみの声』
会場 Cafe Slow Osaka(十三)
鑑賞日時 5月27日 18:00
支払った料金 1800円(当日券)

※チラシの写真は掲載の許可を頂いています。

ユニット名について

というわけで、「青空ピクニック」さんの公演を観てきました。チラシには、青空の下でピクニックをしている写真がうつっていたので、青空の下でピクニックをするお芝居なのかなあ、ということを予想していました。

以前、いしわたり淳治さんが「関ジャム 完全燃SHOW」(テレビ朝日)の作詞がテーマの回に出ていたとき、秋元康さんの作詞テクについて言及していて、SKE48の『12月のカンガルー』という曲のように「12月」と「カンガルー」という本来関係ないものを組み合わせるテクニックを、「ごくせん方式」と呼んでいました。極道と先生は相反する言葉、その2つをつなぐドラマに興味がわくと。名詞と名詞が「涙+流れ星」のように近すぎるとしょうもない、興味がわかない、ということも言っていました。ゲストの千原ジュニアさんは「振り幅しりとり」をするそうで、「フリチン裁判長」などの例を挙げていました。裁判長的な権威ある人物がフリチンなわけがない。遠い言葉の組み合わせであるということです。
その考え方でいくと「青空」と「ピクニック」は、とても近い。ピクニックは青空の下でやるに決まっています。関連性が高い言葉、近い言葉どうしが組み合わされたユニット名だということがいえると思います。これが秋元康だったら、曇天ピクニックみたいな名前をつけるでしょう。
私は正直もうそういう遠い言葉どうしの意表をついたようなネーミングに飽きているところがあります。遠けりゃいいってものでもないと思います。奇をてらっていると思われる可能性もあります。
その点、「青空ピクニック」という名前には、まっすぐで、素直なユニットというイメージをもつことができます。

会場へ

会場は十三にあるCafe Slow Osakaというカフェです。駅側から、十三フレンドリー商店街を進んでいくと、会場周辺に、青いTシャツの人が二人立っていました。Tシャツには「青空ピクニック」と書かれていて、なるほど、スタッフの人か、とわかりました。
店に入るとすぐ受付があり、「ご予約のお名前は?」と尋ねられました。私は予約をしていなかったので、当日券をお願いし、料金を払いました。すると、予約票のような小さい紙を出され、ここに名前を書くようにと言われました。「名前を書かないと観れないんですか?」と訊いてみました。すると、受付の方は「そういうわけじゃないんですけど、名字だけでも」と言いました。ふーん、そうか、と思ってフルネームを書き、入場しました。
カフェの奥にもうひとつ部屋があり、そこで公演がおこなわれるようです。真っ青なパンチシートが中央に敷かれ、白い布がかけられた椅子のようなものが並んでいます。ここに出演者が座るのだなとわかりました。

前説

客席に座ると、まもなく前説らしきものが始まりました。このユニットの主宰と思われる女性と、スタッフの姿(青いTシャツ)の男性が入場し、朗読形式でおこなわれました。
スタッフ役の男性が告げる「携帯電話の電源を切りましょう」などの注意事項を、観客役の女性が聞くという形です。
女性は観劇初心者といった感じのふるまいで、舞台などを観るのがはじめてなお客さんが感情移入できそうなつくりになっています。
なぜか最後らへんで、スタッフ役の男性が、お客さん役の女性の頭をぽんぽんとします。女性は頭をぽんぽんされて喜んでいます。
私はちょっと、なんじゃそら、と思いました。うひょっ、とも思いました。ニヤリともしました。はずかしいものに対してキュンときているのか、キュンときているから はずかしく感じているのか、どっちかわからない、そんな感じです。

開演

出演者は7名(前説に出ていた主宰の女性含む)。全員が白い服を着て、それぞれ異なる色のスカーフみたいなものを首に巻いています。そして、スカーフと同じ色の本(リーディングの台本と思われる)を手にしています。その姿を見て、私は、「これ、何かに似てるなあ・・・」と思いました。すぐには思い出せなかったのですが、40分ぐらいしてから、あ、ビストロSMAPか、と思い出すことができました。

チラシには書いていなかったので、わからなかったのですが、これはリーディング形式の公演でした。7つの短編から構成されています。

戯曲のリーディングではなく、「おはなし」のリーディングのような感じ、です。せりふ以外の「地の文」がたっぷりあって、状況も感情もことばによって説明されていきます。地の文は各おはなしの主人公らしき人が担当し、他のセリフは分担されています。

ひとつひとつのおはなしはとてもコンパクトにまとめられています。

たとえば、こんな感じ。

3.「粉雪のダンス」
スキーかスノボ(どっちか忘れた)が好きな夫婦。夫が病気で若くして亡くなる。妻悲しむ。夫からの手紙見つかる。妻悲しむ。生きていけないと思う。幼い娘出てくる。この子のために、みたいな感じでちょっと前向きになる。雪降る。雪=夫ととらえる表現。

4.「はじめての手紙」
郵便屋の仕事をしている猫。毎日手紙を回収したり配達したりしているが、自分への手紙は届かない。ある日、ある動物がこまっていたところを、ちょっとたすける。お礼にその動物から手紙くる。はじめての手紙。喜んで返事を書く。

この2つに限らず、あらすじを簡単に説明できる、よくまとまった話が多かったように感じます。
私は、すじしかないのに、すじがつまらないな、と感じてしまいました。

しかし、これは、あえてそうしているのかもしれません。
出ている役者さんたちはみんな、「上手」で、声が全員素敵です。
タイトルにもあるように、その声を楽しむ、そういう公演なのだと思います。

だからあえておはなしは、個性や変態性みたいなものを排除して、声が魅力的に、はえるように、そのことに特化してつくられているのかもしれません。

「変態性」は、安田雅弘氏のワークショップを受けたときに、作品に込めろと言われたもので、心に残っている言葉です。
面白い作品には、作家(脚本家、演出家、俳優…)の変態性が見えるはず。

私は、2.「明日のサカナ」に、好感をもちました。転入先の学校で周りとなじめない自分をイワシに重ね、いつも水槽をみつめる女子高生と水族館で働く男のラブストーリー。悩みとかいろいろあるけど思いはつうじあって、初デートは水族館へ。

ストレートすぎるほどストレートで、キザっぽくもあり、自分が好きだった90~2000年代の『りぼん』が思い出されました。そんな世界なのに、実際に目の前にいるのは、たぶん肌荒れとかもある、生身の人間。そこにおかしみを感じるとともに、自分の人生にもこういう展開あるかもな、と一瞬思わせてくれる。あったらあったでなんじゃそりゃ、と思うし、っていうかまあそんなことは起きないが、こんなふうにキザにふるまってもいいし、男は小栗旬じゃなくてもイケメン然としてていいんだな、っていうふうに思うことができました。私は「イケメン風」にたまにぐっときます。愛着を持ってなんかいいよなと自分が思う対象はいつもどこか気持ち悪い。けどわかるし、なんかいいよな的な。これは「変態性」かもしれません。以上


追記
『りぼん』のことを簡単に書いてしまったけど、いろんな作家、いろんな作品があって多様な漫画雑誌だった。たまに恋愛をあつかわない作品もあった。それも含めて「少女漫画」雑誌でした。

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