2015年02月

C.T.T.参加してみたら、想像してたのと違う感じでたのしかったので、ああ出てよかったな~って思いました。なんでたのしかったんやっけ?って考えたら、それは、自分が久しぶりに劇場に立てたというよろこび、ティッシュの会の作品をはじめて劇場でやれたというよろこび、などなどいろいろあるけど、私の認識がまちがっていなければ、

ほめられたからです。たのしかったのは。ほめられたからです!ほめられてうれしかったー。ほめられたくてやってるから。じゃあほめられなかったらえんげきやらないの?たのしくないの?たのしくなかったらえんげきやらないの?たのしいからやってるの?それだけなの?てことになるかもしれないけど、そういうふうに言われたら「べつにそれだけじゃないもん」ってこたえると思うけどやっぱり、いいなーすげえなかっこいいなおもしろいなって言われて、もっとやってくれとかよかったよってほめられたり、励まされたりしたいって、思う。今回の試演会を担当してくださった大阪事務局の石塚さんが、「保坂和志っぽい」?か、「保坂和志を思い出した」みたいなことを、言ってくださったんです、ティッシュの会の作品に対して。それ!すごい!石塚さん!きゃーーっとなりました。あとはなにかな、いろいろあったけど、おもしろかったよっていろんな人に言われたのでうれしかったです。そんなにたくさんの人には言われてないのかもしれないけど、いいようにかいしゃくしているのかもしれないけど、私は初日終わったときとかちょっと舞い上がって調子に乗ってしまった。ほめられすぎて浮かれて。終わって一週間ぐらい経って本番(「あのころたのしかったね」)のビデオ観たら、こんなたいくつそうに始まって、ここまでだらだらしてたのか!ってちょっとおどろきが、ありました。だらだらしたくてだらだらしてるんですけど、もうちょっとそこまでしてるとは思ってなかったというか。

何回も練習したんですけど、やっぱり本番は二回とも少しずつ違って、その、リリースした感?ドロップした感?にキューンてなった。舞台上でも、あとから考えても。だってお客さんがそこにいるんですよね~すげえなって思いました。だって稽古場ふたりしかいなかったから。そうそう、それで本番中は合評会も交流会も二日目にやったワークショップもスタッフさん、事務局の方、他の参加団体の方などいっぱい人がいたので人に会えてうれしかったっていうのもありました。ワークショップは森嶌さんが仕切ってくれたけど、自分たちが今までやってたことを、昨日今日会った人に紹介して、いっしょにやる(しかも上演を観てくれた人たちと)っていうのがすごい、こんなにうれしいのか~って思いました。ごちゃごちゃいっぱい書いたけど、ただうれしかったーたのしかったーってことだけ、書きたかったんです。また演劇をするので観にきてください。ありがとうございました。

毎回思うのだが、公演を終えた数週間はまるで日常にブースターが効いたみたいに流れ去って行く感覚になる。
海外に旅行に行った後も同じように感じることもある。
これは、結局時間の密度の問題なんだろう。
そうすると、日常をすごく漫然と過ごしているのか。そうしているつもりはないし、かといってはっきりした目的を持った人生だけが素晴らしいとも思っていない。

「私C.T.Tに参加してみたいんですよね」と去年のはじめ頃にデイが言っていた。その時の最初の印象を正直に書くと「C.T.Tって駆け出しの若僧のお試しの場なんしょ?」と何の根拠もなく、自分の立場もわきまえず、そう思った。
口には出してなかったし、極力態度にも表さなかったがしかし不承不承了解したと思う。
そんなに実績はないが長いこと演劇に関わったことによる、しょうむないプライドというか自意識が働きまくって。
そして、12月に入り具体的に作品について話し合った。取り上げたいことが「なりすまし」と「変性意識」だった。このテーマについてふれると、とめどなく長くなるのでこの場ではその事については書きません。
もしお話できる機会があれば、ぜひ話し合ってみたいです。
そしてタイトルの「あのころたのしかったね」はデイからの提案で、上の二つがありタイトルの素敵さとどう組み上げるかが序盤の課題だった。

ぼくたちは二人でやっていたので、どう映っているかは自分らで掴みにくく不安だった。
ビデオで撮って見返したりしたものの、客観性を得るのに難儀し、公演前日も東成区で稽古をしていた。最後まで不安だったが、何となくうまく行くような気もした。
台本化した部分と、頭の中で構築したところの辻褄やバランスについて考えていた。
当日小屋入りし他の参加団体のメンバー、C.T.T事務局の方々・ウィングフィールドのスタッフのみなさんと出会い、その事が確実に作品に影響を及ぼし形を変化させていったと思う。
おかげで終演後いろいろな方からお褒めの言葉、厳しい意見を頂き、ぼくたちには見えなかったこと、気づけなかったことについて考えることができた。
そしてぼくの「しょうむないプライド・自意識」も供養できたと思う。これは放っておくとまた容易く蘇って来るたぐいの、悪霊みたいなもんと思うので、定期的に清めていかんなアカンと思う。
二回の公演を終えた後、参加者とスタッフのみなさんと一緒にお互いのワークショップを開く時間まで頂いた。
楽しく、そこでも新しい刺激を受けられた。

改めて、お越し下さった方々、一緒にC.T.T大阪試演会vol.17に参加したメンバー、ウィングフィールドのスタッフのみなさん、C.T.T事務局のみなさん、

ありがとうございました。

2月10日,11日はC.T.T.大阪事務局の試演会に出ます。「あのころたのしかったね」というタイトルの二人芝居をやります。

もしかしたら私のかんじる感動とかキュンとするネタってノスタルジなものしか、ないのかもしれない。それしかレパートリーないとしたらしょぼい、さみしいことかもしれない。と、思うことがたまにあります。昔のことばっかりしゃべってんのださいな、今を生きてないかんじかっこわるいな、みたいなアレ。今が一番正しいって感じある。感じ、というか、私もそう思う。じゃああのきらきらしたやつ、どこいくの?べつに昔を、真空パックして今見たい・見せたいってわけじゃなく。もったいないなと思ってるわけでもなく。「あのころ」を思う今の、「あのころ」を語っている今の感じをやりたかったんじゃないかなと思います。ただただあのころ、たのしかったなって、そういうタイトル先行で、構成を始めました。タイトルについては前もちょっと書きました

だらだらしているけど、私の中ではきらきらしたものがつまっていて結構、筋も通ってる、そんな作品になっていると感じています。

秋元康さんが「思い出は味方」というフレーズをAKBの歌詞でくりかえし用いていますが、私がはじめてそれをきいたのは、「抱きしめちゃいけない」という曲の中で。フライングゲットのカップリングで総選挙のアンダーガールズの曲です。そのときのセンターだった梅田彩佳さんのファンだからというのもありますが、思い入れもつよく大好きな曲です。MVもすばらしい。せつないことをただただ明るく笑顔でうたって、おどる。これがリリースされたときは何回も聴いて、結構うるうるきていました。その歌があってこの芝居をつくったってわけでもないのですが、ああこれもあるなって今思い出した。つらいことがあったら思い出を味方にしてがんばろうって、学校を卒業してすぐのころなどよく思っていました。

あともうひとつ たのしい ってことばに関して。
フィッシュマンズの「チャンス」がめちゃくちゃすきで。あの曲のすべてがあこがれ。大好き。歌詞に、「ただ ただ楽しい」っていう箇所があるんですが。きっと、「たのしい」の前には、「ただただ」って言葉がつくんじゃないかな?と思う。たのしいってことは、ただただたのしい、ってことなんじゃないかな?と。

だらだら長く書いてたらよくわかんなくなってきた。合ってないこともあるかもしれないがしかしここにちょっといっぱい書いとくのもたまにはいいんじゃないか。

観てくれた人がどう思うかはわからないけど
こわいけど本番がとてもたのしみ・本番がいちばん好きって思います。


各ステージ終演後に「合評会」があり、C.T.T.事務局の方が司会をしてくださって、作品についておはなしをさせてもらいます。初日は私、2日目は森嶌さんが出る予定です。どうぞよろしくおねがいします。

こちらのページに公演情報をまとめております。
http://tissuenokai.blog.jp/archives/8012156.html

C.T.T.大阪事務局のブログはこちらです。
http://cttosk.blogspot.com/2015/01/cttvol17.html

私たちのスペース「アトリエflat」に昨年12月からテナントとして入っておられるBL研究所(バイオライン研究所)の代表冨田哲秀先生のブログです。
私たちが日ごろお世話になっている西洋医学とは、違った視点からのアプローチで人間の健康について考え成果を上げておられます。
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