超人予備校 第13回本公演『木の葉 オン・ザ・ヘッド』。先日の大阪公演に続き、9月22日よりおこなわれる東京公演にも森嶌が出演します。終了した大阪公演のご感想などがこちらから読めます。→超人予備校『木の葉オン・ザ・ヘッド』ご感想まとめ - Togetterまとめ

★東京公演の予約はこちらから。


公演についての詳細や最新情報は、超人予備校のウェブサイトtwitterをご確認ください。


超人予備校 第13回本公演(東京)『木の葉 オン・ザ・ヘッド』

[東京公演 日時]
2017年
9月22日(金)19:30★
9月23日(土・祝)13:00☆/17:00
9月24日(日)12:00/16:00

★= ゲスト・中西理氏(演劇舞踏批評)と魔人ハンターミツルギによるアフタートークあり
☆= 出演者によるアフタートークあり
※各回開演15分前より、アコースティックユニット「バナナンボ」による生演奏をお楽しみください
・受付開始は開演の45分前、開場は開演の30分前。
・全席自由。受付開始より入場整理券を発行します。
・未就学児の入場はご遠慮願います。


[東京公演 会場]
シアターグリーン BASE THEATER
〒171-0022 東京都豊島区南池袋2-20-4
電話 03-3983-0644


[チケット料金]
◆一般 前売 2800円
◆一般 当日 3000円
◆U-22(22歳以下) 1500円
◆高校生 1000円
◆小中学生 500円
(U-22は年齢を証明するもの、中高生は学生証を提示要。)
◆リピーター割引 1500円(半券提示要)


[予約]
◆CoRichチケット!予約フォーム
PC用 https://ticket.corich.jp/apply/82618/011/
携帯用 http://ticket.corich.jp/apply/82618/011/
予約完了後すぐに、自動返信メールが送信されます。URL付きメールの受信を拒否されている方は、設定を解除してください。ticket@corich.jpよりメールをお送りしますので、受信許可設定をお願いいたします。

◆メール予約
cho-jin@hotmail.co.jp
氏名・日時・枚数・券種(一般・U-22・高校生・小中学生)・電話番号をご連絡下さい。
折り返し確認メールをお送りいたします。
※リピーターの回を予約される場合、備考として「リピーター」の旨お知らせ下さい。


[作・演出]
魔人ハンターミツルギ


[キャスト]
日枝美香L / 尾松由紀 / 魔人ハンターミツルギ
上原日呂 (月曜劇団) / ハシグチメグミ(パイのミ)
奥田さぶりな美樹てぃー (IsLand☆12)
中村美咲 / 森嶌正紀 (ティッシュの会)
北野勇作 (劇団★虚航船団パラメトリックオーケストラ)
森世まゆみ / 月亭文都 / リーフレディース
条あけみ (あみゅーず・とらいあんぐる) / 田口哲

[スタッフ]
舞台監督:青野守浩 / 照明:葛西健一 / 照明オペ:鎌江文子
音響:大西博樹 / 制作協力:鉾木章浩(尾崎商店) / 宣伝美術:あまぞん
web制作:山名伸右 / ソウル大臣:アボンボ / 制作:超人予備校




今年の夏もいつもと同じ様に昼間は思考停止になる位、暑い感じです。だからこんな夏に少しだけ、いつもよく言われる「お金があれば幸福か」と言う事について考えてみます。結論から言えば「お金がある方が幸福でしょう」と言う事になってしまいます。でもそれでは身も蓋もないのでもう少し考えると、何よりもお金は人が運ぶものであり、やはり信用のある人の所で、能く動いています。それからやはりある程度 経済的、精神的にストレスの無い所で育った人の方が、幸福度が高い気がします。やはりそこは貧困の負の連鎖で、その負の連鎖を断ち切るのは教育と言う事になるのだと思います。確かにお金を持って不幸になる人も居るのだけれど、多くの場合はお金にその人の器が合ってなくって不幸になる場合で、突然の宝くじとかだと思います。普通のケースはその人の社会での成長とともに収入も増えて地位の高い人にも会うようになり、考え方も身に付いてくるみたいです。すばらしい人が高い地位に着く場合もあれば地位が人を育てる場合もあり、だんだん優秀になっていく場合もあるみたいです。経済は、人間の考えたか、神様が企てたかは判断出来ませんが、ひとつの大きな宗教のようなもので人の人生に大きく関係しているのが現実だなあと思うのです。
2017.7.25 久米

ティッシュの会『ゆくすえ』出演者募集(8/13締切)


ティッシュの会は、
2017年12月1日(金)・12月2日(土)、
愛媛県松山市の劇場 シアターねこで、公演をおこないます。

タイトルは『ゆくすえ』。

この公演の出演者を、若干名 募集します。


【応募条件】
◆上記の日程・会場での公演に終日参加できること。
◆2017年10月〜11月、平日夜および土日に、大阪市内でおこなう稽古に参加できること。
◆ティッシュの会の作品を観たことがあること(映像でも可
◆20歳以上


【締切】
2017年8月13日(日)


【応募方法】
メールで受け付けます。
tissuenokai@gmail.com

件名を「出演者応募」とし、
下記の事項についてご連絡ください。

1. お名前
2. 年齢
3. 電話番号
4. 所属劇団など(あれば)
5. 演劇活動などの経歴


【応募後の流れ】
ティッシュの会から返信

面談日の調整

面談

出演者の決定(8月中)

※応募後、24時間以内にティッシュの会からの返信がない場合は、お手数ですが再度ご連絡ください。
また、tissuenokai@gmail.comからのメールを受信できるよう設定をお願いします。


【面談について】
作品のこと、ティッシュの会のこと、スケジュールなどについて、お話したいと考えています。


【その他】
・性別や演劇経験は問いません。
・稽古スケジュールなど、可能な限り、参加者の都合に合わせて調整します。
・公演当日(小屋入り時)の、大阪から松山市の会場までの交通手段や、宿泊については、ティッシュの会が手配、または費用を負担します。
・そのほか、ご不明な点などがあれば、お気軽にお問い合わせください。


【問い合わせ・応募受付】
tissuenokai@gmail.com




すっかり暑くなってもう夏という事になってしまいました。夏祭り、お盆休みと言う時期です。お盆には、墓参りですが、人間と言うのは、どうも二度死ぬらしいのです。一度は肉体的にこの世界から居なくなる、もう一度は、人の想いの中から完全に居なくなる時だそうです。確かに、自分の肉親とか、大恩人とかは、その人が死んでもからも自分がこの世に存在する限り、その人の事を想い出すでしょう。そして、その人の事を想い出している自分自身がこの世から姿を消す時、その人は初めて死んだと言えるかも判りません。たぶんあの世は想念の世界だから、この世で存在して、あの世の人の事を想うという行為と言っていいのかは不確かだけれど、その期間、あるいは、その瞬間は、人間はあの世と繋がっていると言えるのでは、と言う事です。現世とあの世の接点は、実は人間の想いの世界で、その想いの世界で長生きする人が神様的に考えると、良く生きました、と言う事なのかもと言う事です。人間の生き方に成功も不成功も無いと思うけれど、やはりそこには、まあまあとか優秀だったとか有るわけで、やはり「天知る、地知る、人知る」と言う事なのかも、という気がします。
2017.6.25 久米


ティッシュの会制作部より

メンバーの森嶌、出井に、それぞれ一公演ずつ、「観に行くつもりじゃなかった公演」を観に行ってもらう・・・というのが今回の主旨となります。
5月某日、某人気劇団の公演で挟み込まれていた大量のチラシ束の中から、われわれ制作部の琴線に触れたチラシを幾つかピックアップし、観に行ってもらう公演の候補としました。
公演を選定するにあたり、下記のような条件を設定しました。

一、今までに観たことのない劇団であること。
二、チラシにクレジットされている公演関係者に直接の知り合いがいないこと。
三、様々な理由により、"もともとは観に行くつもりがなかった"公演であること。

今回は森嶌のリポートです。前回の出井のレポートはこちらです。

観た公演


劇団未来計画TOP 第28回公演「ALL RIGHT!」
会場   in→dependent theatre 2nd
鑑賞日時 6月18日 17:00
料金   2500円(当日券)

ユニット名について

今回の企画により初めて鑑賞させていただく旨となったのだが、こちらの団体のお名前を聞いたのも初めてだった。
しかしこの劇団は今回で28回目の公演、結成から20周年というもはや老舗の領域にも踏み込んだ活動歴である。
20年前といえば、私が演劇の世界へ足を踏み出した頃だ。
そこから紆余曲折ありつつ今も演劇というメディアになんとか関わっている身としては、それだけの期間団体として活動を続けていくことの困難さ、粘り強さに敬意をはらいたい。

ユニット名である、「劇団 未来計画TOP」は「演劇カンパニー未来計画TOP」から屋号を改められたらしい。
マイナーチェンジである。
自動車などでは、2~3年に一度、小さな手直しや販売面でのテコ入れを図るためにマイナーチェンジを行うのとのことであるがこちらは、「20年目」にしてのマイナーチェンジなので、いかにこれまでの活動が安定的だったのかをうかがい知ることができる。
ちなみに、大幅な世代交代などを行う場合はフルモデルチェンジというらしい。

今回のユニット名変更の主なところは、「演劇カンパニー」から「劇団」にした点である。
カンパニー・company(kʌ'mpəni)には、((単数・複数扱い)) 人の集まり,一団;(俳優・ダンサーなどの)一座,一行;(社会的・宗教的な)集団,一門 などの意味がある。
演劇集団や演劇一行から劇団へとよりシンプルに改めることによって、来るべき次の20年へ向け邁進して行こうという気概を感じることができる。

情報宣伝について

まず、この度の公演を拝見するきっかけになったのが、このチラシである。
われわれ制作部によると、5月某日に行われた人気劇団の公演に挟み込まれていた膨大な数のチラシの中でとくに目を引いた5~6種を差し置いて最終的にこのチラシが選ばれた。
私の主観的な感想を述べるが、最初の印象としては、「どことなく80’s的」だった。
タイトルのフォントや配置、写真の雰囲気からも『シティーハンター』や『キャッツ♥アイ』などの、北条司氏的世界観に直結しているという印象を持った。
現在、若い世代には「80’s」のファッションやカルチャーは数年前から流行っているようだし、とりわけ『キャッツ♥アイ』などは、NHKの人気コント番組『LIFE』でもパロディとしてさかんに取り上げられていたので、時代に求められている空気感なのかもしれない。
そして俳優陣の役柄に徹したポートレート写真を配置した上に堂々の全身写真。

情報によるとこの一番目立つ配置のお二人は、劇団代表の辻田 鯉絵さんと「演劇カンパニー未来計画TOP」初期から参加されている川東 陽登美さんのようだ。
このお二人が物語の主要な部分を担うと宣言されているようで、観る方としては安心感がある。
演劇を見慣れていないお客さんにとってもやさしい作りとなっているのではないか。

会場へ

この日、昼からは超人予備校の魔人ハンター・ミツルギさんとともに昭和町の田辺寄席へ、月亭 文都さん一門会の落語を鑑賞しに行った。
12時に一心寺の前で待ち合わせ自転車で昭和町へ向かう。

寄席に辿り着く前に昼食を昭和町駅付近の商店街にあったとんかつ店で取ったのだが、店主はオーダーを受けてから肉を叩き下味を付けカツを揚げる、みそ汁は出汁きいてるし小鉢一品付いてるし、
そのとんかつ店のカツ丼が感動的に美味しかった。
そして桃ヶ池公園に隣接する桃ヶ池公園市民活動センターで15時過ぎまで落語を堪能した。
この、『新・じっくりたっぷりの会 月亭 文都一門会』だけでもひとつのトピックとして語れるぐらい盛り沢山な催しだったが文字数の関係上、今回は割愛させていただく。
そして終演後日本橋へ向かう。
休日の天王寺周辺は買い物客などでごった返し、走りにくかった。

開演のおよそ15分前に会場へ到着、当日券2,500円を支払うとチケット・整理券・チラシの束が入ったビニール袋をいただく。
このビニール袋に入ったチラシの束は、当日券のみのサービスのようだがたいへん良いと思った。
私はなるべく手ぶらで演劇公演に行きたいのだが、この大量のチラシの束に困らされたことは一度や二度ではない。
当日券は開演の5分前入場ということで、しばしロビーで待った。
受付スタッフのスマートな対応に案内。
さすが長年やっているカンパニーはちがうなあと密かに思った。

あらすじ

大阪で探偵事務所を営む任瀬貞也(まかせ・ていや)と姉の任瀬貞子(まかせ・ていこ)。
二人の元には様々な依頼が舞い込んでくる。
しかし貞也はただの探偵ではない。睡眠不足・疲労時にとくに鋭くなる「人の心の声を聞くことができる」という、特殊能力を持っている。
そのため、もともと警察官だった貞也は人の思いや裏側を知ることになり、その思いに答えられないもどかしさや、組織のあり方、融通のきかなさに失望し、退官して私立探偵となった。

そこに夫の素行調査を依頼に来る花柳真紀。
夫の花柳将人は会社でトップの営業マンで、子どもを授かった真紀にも優しくチョー・イケメンの非の打ち所のない優秀な夫である。
そんな将人が大阪に出張に出かけるのだが、同行する美良麗子との関係に不安を抱く。将人の部下であり、真紀の元同僚である麗子は社内でも名うての美女で、獰猛な肉食レディともっぱらの噂。

貞也と貞子は行きつけのカフェで依頼人とファーストコンタクトを取る。
そして契約につながる内容なら事務所に案内するという仕事の進め方をしている。
そのカフェでは任瀬姉弟の甥である桶井唯史が、何食わぬ顔をして依頼人の相談を盗み聞きして、社会勉強?させるという身内サービスなどもしている。

カフェの店主の炭田優子は学生時代からの夢であるカフェ経営を実現すべく努力を重ね、その夢を叶えたのだがアラサーで独身というやや寂しい状況に陥ってしまった。
寂しさを紛らわすため猫のジョージをペットにして店で自由にさせている。
ジョージのおかげで猫好きの客が訪れるため店の経営状態は悪くない。
この猫、ジョージはオス猫で優子にたいし飼い主以上の想いを持っていて、密かに優子に想いを寄せている貞也へ常に威嚇的な態度を取っている。
貞也の特殊能力は動物相手でも有効なようで、ジョージとも会話をしているがもちろん優子にはわからない。

大阪へ出張した将人と麗子。
麗子はあわよくば将人と深い関係になろうと目論んでいるが、将人はまったく与しない。業務が終わったあと、飲食など共にすごして二人の距離を縮めようと麗子は試みるが、将人は夜間に行われるセミナーに参加するからと麗子と別行動を取ろうとする。
仕方なく一緒にセミナーに参加する麗子。

一方、任瀬姉弟・真紀・ジョージ・唯史、一行は真紀の調査依頼のため変装してセミナー会場に乗り込む。
そこで、貞也は花柳将人もじつは能力者であったという驚愕の事実を知ることとなり・・・

感想

  • セミナーの主催者、豪金太郎がピコ太郎氏をモチーフにしているのだろうという怪しさ、インチキ臭さ。

  • しかしその「セミナー」で語られる内容は妙にリアルで、まさにキラキラ系のひとたちが言いそう支持してそうな内容で正直聞き入ってしまった。
    ひょっとしたら作家さんは本当にこの手のセミナーに参加したことがあるのではないか。

  • ラストに紙吹雪が振るのだが、もっっすごい量で、切り抜かれたひらがな・漢字・アルファベット・数字、ひょっとしたらハングルやアラビア語くらいも混じってたかもしれないが、とにかく凄い量だった。皆さんの、その労力と気合に感動してしまった。

  • 当初チラシを拝見したときは任瀬貞也役の辻田 鯉江さんを、男性と思っていたのでじつは女性と知り驚いた。
    完全にだまされていた。
    そして全てのキャストが女性と知りさらにだまされた。このカンパニー自体、女性のみで構成されていると知り再度驚いた。

  • 全体の印象としては、宝塚や、今はなきOSKのような歌劇団がフォーマットとしてあると感じた。セリフにジェスチャーが様式的に入る。
    それがシステマティックに、法則性があるように見えたので様式美としておもしろかった。

  • ストーリーとしては、ひょっとしたら描かなくても良い人たちもいたかも知らないが、キャラクターとしての魅力が豊富でいなくてもいいとは全く思わなかった。

  • 現実の二段上くらいを描いていると思った。劇場に来てまで現実的なことを見たくないと思う人がいる以上、当然必要なことであり、手法であると思った。

  • 全員が「やれている人」で私たち、私からとても遠いところにいる人達だと思った。

  • 発声・滑舌が素晴らしく、途中でその動きも然ることながらアニメーションを鑑賞している感覚にわずかな時間だったが本気でおちいった。


※ 本文中に「今はなきOSKのような」という表現がありますが、2004年の近鉄あやめ池遊園地閉園頃に解散したと思い込んでいました。数カ月後には有志により再結成されており、現在も活動を続けておられます。
http://www.osk-revue.com/







あっという間に初夏の様な気候になってしまいました。まだ、これから梅雨がやってくるし、その後、本当の夏がやって来ます。人間が悩んでも、宇宙はいつも通り働いて、この地球に、そしてこの日本に四季がやって来ます。その昔、神様の前で物々交換をして、その時にお金の代わりに用いられていたのが御札(おふだ)でそれが御札(おさつ)つまり紙幣の始まりらしいのですが、ひょっとすると現代の神社は、スーパーマーケットではないかと時々、思ってしまいます。そこには、世界中から食材が集まっていて、私たちはお金を持って行けば、その食材を購入することが出来ます。カリフォルニアや南アフリカのグレープフルーツ、チリのワイン、韓国のラーメン、ニュージーランドのチーズ、今のスーパーは、世界中から商品が集まっています。私たちは、お金さえあれば、それを苦労する事なく手に入れる事が出来ます。ある種、不思議です。ある人は、山に行き、又ある人は海へ行き、又、ある人は牛や豚を一生懸命育てているそれをある意味、私たちはとても楽をして手に入れています。それは何故か、それはきっと人間が根本的には、人が群れて生きて行く動物だからだと思います。つまり人にとって助け合ったり、協力する事は、必要不可欠であり、それが無いと人は生きて行けないのだと思います。それは、人に迎合するという事では無くて、自分の信じた道を進み続ければ、いつか、どこかで誰かの眼に止まり、そこから道が開けるという事だと私は思うのですが。
2017.5.25 久米


ティッシュの会制作部より

メンバーの森嶌、出井に、それぞれ一公演ずつ、「観に行くつもりじゃなかった公演」を観に行ってもらう、というのが今回の主旨となります。

5月某日、某人気劇団の公演で挟み込まれていた大量のチラシ束の中から、われわれ制作部の琴線に触れたチラシを幾つかピックアップし、観に行ってもらう公演の候補としました。

公演を選定するにあたり、下記のような条件を設定しました。

一、今までに観たことのない劇団であること。
二、チラシにクレジットされている公演関係者に直接の知り合いがいないこと。
三、様々な理由により、"もともとは観に行くつもりがなかった"公演であること。

今回は出井のリポートです。

観た公演


青空ピクニック #1『ぼくのすきな、きみの声』
会場 Cafe Slow Osaka(十三)
鑑賞日時 5月27日 18:00
支払った料金 1800円(当日券)

※チラシの写真は掲載の許可を頂いています。

ユニット名について

というわけで、「青空ピクニック」さんの公演を観てきました。チラシには、青空の下でピクニックをしている写真がうつっていたので、青空の下でピクニックをするお芝居なのかなあ、ということを予想していました。

以前、いしわたり淳治さんが「関ジャム 完全燃SHOW」(テレビ朝日)の作詞がテーマの回に出ていたとき、秋元康さんの作詞テクについて言及していて、SKE48の『12月のカンガルー』という曲のように「12月」と「カンガルー」という本来関係ないものを組み合わせるテクニックを、「ごくせん方式」と呼んでいました。極道と先生は相反する言葉、その2つをつなぐドラマに興味がわくと。名詞と名詞が「涙+流れ星」のように近すぎるとしょうもない、興味がわかない、ということも言っていました。ゲストの千原ジュニアさんは「振り幅しりとり」をするそうで、「フリチン裁判長」などの例を挙げていました。裁判長的な権威ある人物がフリチンなわけがない。遠い言葉の組み合わせであるということです。
その考え方でいくと「青空」と「ピクニック」は、とても近い。ピクニックは青空の下でやるに決まっています。関連性が高い言葉、近い言葉どうしが組み合わされたユニット名だということがいえると思います。これが秋元康だったら、曇天ピクニックみたいな名前をつけるでしょう。
私は正直もうそういう遠い言葉どうしの意表をついたようなネーミングに飽きているところがあります。遠けりゃいいってものでもないと思います。奇をてらっていると思われる可能性もあります。
その点、「青空ピクニック」という名前には、まっすぐで、素直なユニットというイメージをもつことができます。

会場へ

会場は十三にあるCafe Slow Osakaというカフェです。駅側から、十三フレンドリー商店街を進んでいくと、会場周辺に、青いTシャツの人が二人立っていました。Tシャツには「青空ピクニック」と書かれていて、なるほど、スタッフの人か、とわかりました。
店に入るとすぐ受付があり、「ご予約のお名前は?」と尋ねられました。私は予約をしていなかったので、当日券をお願いし、料金を払いました。すると、予約票のような小さい紙を出され、ここに名前を書くようにと言われました。「名前を書かないと観れないんですか?」と訊いてみました。すると、受付の方は「そういうわけじゃないんですけど、名字だけでも」と言いました。ふーん、そうか、と思ってフルネームを書き、入場しました。
カフェの奥にもうひとつ部屋があり、そこで公演がおこなわれるようです。真っ青なパンチシートが中央に敷かれ、白い布がかけられた椅子のようなものが並んでいます。ここに出演者が座るのだなとわかりました。

前説

客席に座ると、まもなく前説らしきものが始まりました。このユニットの主宰と思われる女性と、スタッフの姿(青いTシャツ)の男性が入場し、朗読形式でおこなわれました。
スタッフ役の男性が告げる「携帯電話の電源を切りましょう」などの注意事項を、観客役の女性が聞くという形です。
女性は観劇初心者といった感じのふるまいで、舞台などを観るのがはじめてなお客さんが感情移入できそうなつくりになっています。
なぜか最後らへんで、スタッフ役の男性が、お客さん役の女性の頭をぽんぽんとします。女性は頭をぽんぽんされて喜んでいます。
私はちょっと、なんじゃそら、と思いました。うひょっ、とも思いました。ニヤリともしました。はずかしいものに対してキュンときているのか、キュンときているから はずかしく感じているのか、どっちかわからない、そんな感じです。

開演

出演者は7名(前説に出ていた主宰の女性含む)。全員が白い服を着て、それぞれ異なる色のスカーフみたいなものを首に巻いています。そして、スカーフと同じ色の本(リーディングの台本と思われる)を手にしています。その姿を見て、私は、「これ、何かに似てるなあ・・・」と思いました。すぐには思い出せなかったのですが、40分ぐらいしてから、あ、ビストロSMAPか、と思い出すことができました。

チラシには書いていなかったので、わからなかったのですが、これはリーディング形式の公演でした。7つの短編から構成されています。

戯曲のリーディングではなく、「おはなし」のリーディングのような感じ、です。せりふ以外の「地の文」がたっぷりあって、状況も感情もことばによって説明されていきます。地の文は各おはなしの主人公らしき人が担当し、他のセリフは分担されています。

ひとつひとつのおはなしはとてもコンパクトにまとめられています。

たとえば、こんな感じ。

3.「粉雪のダンス」
スキーかスノボ(どっちか忘れた)が好きな夫婦。夫が病気で若くして亡くなる。妻悲しむ。夫からの手紙見つかる。妻悲しむ。生きていけないと思う。幼い娘出てくる。この子のために、みたいな感じでちょっと前向きになる。雪降る。雪=夫ととらえる表現。

4.「はじめての手紙」
郵便屋の仕事をしている猫。毎日手紙を回収したり配達したりしているが、自分への手紙は届かない。ある日、ある動物がこまっていたところを、ちょっとたすける。お礼にその動物から手紙くる。はじめての手紙。喜んで返事を書く。

この2つに限らず、あらすじを簡単に説明できる、よくまとまった話が多かったように感じます。
私は、すじしかないのに、すじがつまらないな、と感じてしまいました。

しかし、これは、あえてそうしているのかもしれません。
出ている役者さんたちはみんな、「上手」で、声が全員素敵です。
タイトルにもあるように、その声を楽しむ、そういう公演なのだと思います。

だからあえておはなしは、個性や変態性みたいなものを排除して、声が魅力的に、はえるように、そのことに特化してつくられているのかもしれません。

「変態性」は、安田雅弘氏のワークショップを受けたときに、作品に込めろと言われたもので、心に残っている言葉です。
面白い作品には、作家(脚本家、演出家、俳優…)の変態性が見えるはず。

私は、2.「明日のサカナ」に、好感をもちました。転入先の学校で周りとなじめない自分をイワシに重ね、いつも水槽をみつめる女子高生と水族館で働く男のラブストーリー。悩みとかいろいろあるけど思いはつうじあって、初デートは水族館へ。

ストレートすぎるほどストレートで、キザっぽくもあり、自分が好きだった90~2000年代の『りぼん』が思い出されました。そんな世界なのに、実際に目の前にいるのは、たぶん肌荒れとかもある、生身の人間。そこにおかしみを感じるとともに、自分の人生にもこういう展開あるかもな、と一瞬思わせてくれる。あったらあったでなんじゃそりゃ、と思うし、っていうかまあそんなことは起きないが、こんなふうにキザにふるまってもいいし、男は小栗旬じゃなくてもイケメン然としてていいんだな、っていうふうに思うことができました。私は「イケメン風」にたまにぐっときます。愛着を持ってなんかいいよなと自分が思う対象はいつもどこか気持ち悪い。けどわかるし、なんかいいよな的な。これは「変態性」かもしれません。以上


追記
『りぼん』のことを簡単に書いてしまったけど、いろんな作家、いろんな作品があって多様な漫画雑誌だった。たまに恋愛をあつかわない作品もあった。それも含めて「少女漫画」雑誌でした。

人間座スタジオ
5月13日、14日と京都の人間座スタジオでおこなわれたC.T.T. セレクション・イン・京都 vol.118上演会に、出演していました。
遅ればせながら、観にきてくださった方、協力してくださった方、ありがとうございました。

「C.T.T.」に参加するのは、2015年2月の「C.T.T.大阪事務局試演会 vol.17」、2016年1月の「C.T.T. SELECTION 2016 in OSAKA」(いずれも会場はウイングフィールド)に続いて、3回目のことで、ティッシュの会は、はじめて大阪以外で作品の上演をする機会をもつことができました。はじめて京都で、お客さんに観ていただくことができてとてもうれしかったし、大阪事務局の方に推薦していただけて光栄でした。

3回の「C.T.T.」では、いずれも『あのころたのしかったね』という作品を上演しました。これは、もともとは、2015年にC.T.T.の試演会に出るにあたって、ウイングフィールドで、「C.T.T.」でやるなら?という前提でつくりはじめたものです。大阪で上演したものと京都で上演したものは、タイトルは同じですが、大きな構造はそのままに、テキストをほぼ全部書き換え、出演者の役割・性別を入れ替えたりしていて、自分たちとしては全然違う作品になったなあと思っています。2016年にやったバージョンの記録映像をyoutubeで公開しているので、よかったらみてみてください。



そして、今回出演された「ナマモノなのでお早めにお召し上がりください。」「250km圏内」の作品の感想を。本番は観れていなくてゲネプロでのパフォーマンスを観た感想です。合評会などで伺った話も含めてだらだらと書いてみます。上演順に。

ナマモノなのでお早めにお召し上がりください。『川 remember』
出演者なしの「無人劇」ということを、あらかじめチラシなどで見て知っていました。舞台上にはフトン。フトンの上に何か置いてある。スマートフォンっぽい。自分が座っていた席からは視力が悪いのではっきりとはわからなかった。水の流れる音がきこえる。「ふーん、こういうかんじかー、いやでもこれ、人出ないんでしょ?30分これでいくのか?とかいいつつ誰かでてきたりして。これ、見続けるのしんどいんじゃないかなあ?こういうのはもうちょっと短い時間にかぎらないとむりじゃないかなあ?インスターレーションみたいなかんじで観る側が動いて近寄って観るのもいいんじゃ?」などとはじめは思ってたんですが、ぼーっとみてると、目の前で生きて動いているものは何もないはずなのに、あれ、「時間」が流れてるぞ、すげー、と感じるようになった。私は生きてこれを観ててそのあいだ時間が流れてる、というあたりまえのことを感じて、そっからなんかおもしろくなってきた。だから美術館のインスタレーションじゃなくてこれは劇場での上演で客席に座ってみるのがいいのだなと思った。全然長く感じなかった。座って観ていられる・・・、えらそうなことをいうと、観るのに耐えうる。すごい。自分がやるならもっと仕掛けをなんか詰め込もうとしてしまうかも。合評会で演出のヒラタさん(音響もされている)がおっしゃっていたのが、録音ずみの一本の音源を流しているのではなくて、その場で、音を入れてオペされていたということ。ライブ。演奏じゃないですか、それって。ところで、ずっと流れてる水の音なんなんだろうと観てるあいだ考えてて、風呂で手首切って水流しっぱなしの音かなあとか勝手に思ってたけど作品の題名「川」って書いてあった。


250km圏内『No Pushing』
演劇について語られるときに「身体性」ということばをよく耳にしますが、そして自分たちも使ってる言葉ですが、じゃあ「身体性」ってなんやねんといわれたら私はこたえられない。「身体性ある?ない?」ってきかれたら「ないわ、ごめんな~」って感じ。ないから罪悪感。あこがれの身体性。「演劇には身体性をともなっていなければならない」とかよく聞く。というか言われたことある。ちゃんと立てよ、動けよと。鍛錬せずだらだらやってる自分がたまに情けなくなるから「そうですね」とも思うし「うるせえ」とも思う。
250km圏内はかっこよかった。ふたりのからだ、動きは、みごたえがありました。そうか、人は、人のからだにのぼってもいいし、いっけん意味のわからない動きをつくって客に見せたり、わたしたちはそれを観ていいんだなとも思いました。おいおいいまさら~あたりまえでしょそんなこと~と思われるかもしれないけど私ふだん大きな声も出してないし踊りを踊ることもないし、やってはだめだと無意識に思い込んでることがたくさんあって。ふつうに働いてふつうに生活して、普通に、してても生きていくということはなんらかの不自由(枷)があるから、ひとつひとつ風穴をあけて、「あ、べつにしてもいいんだ」と何かからひとつひとつ自由になっていく作業をときどきしなければならない、と、私はくりかえしそう思っていまして、月並みですがそういうことをよく考えます。べつに社会生活・人間生活たのしいし枷あんのも味でしょと思ってますよそれでも。だからなんなんだ。風穴あけるために演劇観ている。中盤ぐらいから小嶋さんが気持ち悪く、黒田さんのミュージカルなどもあったので、よかった、笑っていいやつなんや、と思ってそういうたのしみもありました。うんまあでも、ただただ、からだをみていました。セクシーだったので。あんまなんも考えずウット~リ観よう、と思ってたけど、しんどくならずにいろいろなこと考えながら観ることができたと思います。何を考えていたかは忘れました。演劇をはじめたばっかりのとき、大阪の小劇場をべんきょうのためになにか観にいかなければいけない、と思って應典院に旧劇団スカイフィッシュを観に行ったことがあります。18歳ぐらいで観てすごくむずかしくて意味がわからんかったんですよ。それの演出が小嶋さんだったよ。今は松山で活動されているそうです。

2007年のチケット



2組のプロフィールなどはここに載ってます。↓
セレクション上演会のお知らせ | C.T.T. official blog
http://cttkyoto.jugem.jp/?eid=148

R7190434


これに出演するにあたり当初まったくちがう作品を持ち込む案もあったが、それは複数名登場する想定で進めたかった。
セレクションされた場所に、まったく評価を受けていないものを持っていくのも不安だったということもあったし今回は見送った。

「あのころたのしかったね」は今回で3回目の上演になった。
基本的なプロットは残すとしても、同じことをする気はないことは出井も同じ考えだった。
2月中旬頃にCTT大阪事務局から上演の打診があったので、そこから再構築に取りかかった。
前2作品ではぼくが女性という設定で話を進めるというプランだったが、今回はその役割を入れ換え、さらに年齢を少し上に設定した。
これは同性の友人同士の会話が話のベースになっているので出井が男性に成りすますなら、ひと回り以上年上のぼくに合わせてもらう必要があったからだ。
ぼくと同じく苦労したと思う。

たのしさ・たのしみとは?
何をもって人はその状態といえるのか。
という、しち面倒くさい命題を持ち、本来舞台が、演劇持っている可能性についても自分たちなりの問いを立てるということを意識して進めていった。
そうしてティッシュの会が現在あつかうべき問題について、また、私たちが直面せざるを得ない問題について考え話し合い、練り上げて臨んだ。
たいへん抽象的だがこれを文章で分かり易く、また適切に述べる技術を私は持ってないので気になるとしたら、観に来てほしかった。
それに感想は感想で、そこは演劇だからという、いくら言葉を尽くしても時間制約・経過の影響を受けやすい創作物だからでしょう。

以下はC.T.T.セレクション京都に出演された他団体にたいする、私(森嶌)の感想文です。


「ナマモノなのでお早めにお召し上がりください」

無人劇と紹介文にあったので、期待値が高かった。
ということはキビシめに観てしまうというのもはらんでいた。
布団が敷いてある。なんかペラいやつで2年半くらいそこに敷きっぱという感じ。
水の流れる音が聴こえている。
そこに電話(家電や携帯)着信がある。
視覚的には始まって5分くらいで飽きてしまう、それはそう全く視覚的には変化しないから。
そうすると目を噤んでみたり凝視したりとこちら側が工夫を凝らしだす。
頭の中でおしゃべりが始まる。
「これってまさに演劇の本質じゃねえか!?」と思いだした。
ただ眺める延々と、そしてそこにある情報から頭の中で物語を紡ぎ出す。
これは拘束(一定時間)されてないとできない行為だろう。
私たちは刑罰を受けたり、何者かに監禁でもされない限りそんなことを日常で体験できない。
そのある意味不自由な中で脳内は活発に退屈しないように働き出す。
事実ぼくはこの作品を鑑賞中に忘れていたどうでもよいことを思い出した。
じつはぼくはこういうことをやりたかったのでは思った。
微睡の状態、頭の中で見ている情景と眼で見ている事象の区別があいまいな状態、に鑑賞者を誘うこと。
これはこちら側から仕掛けて持ち込めるものではないと、この作品を観て思った。

「250km圏内」
第一印象は、名前がカッコイイと思ったことだった。
何やろうぼくには思い付かない名前で、まずそこでイメージがひろがる名前。
男女の二人が身体を密着させて、お互いの肉体を頼りにして(もたれ合って)立っている。
非常に緊張感とバランスに意識をはらい、一方が存在しないと立っていられない態勢から始まる。
女性が男性の身体をまるで木登りのよう無機物のよう扱い、はい上がったりする。
常に身体の一部、それこそ点、でしかないという部分に集中してるかの如くの動き。
ここで演じられていた二人、はけっして肉感的なタイプの人たちではなかった。
が、何とも言えない色気を感じ、これは何故かわからない不思議だった。
お二人とも軽く雑談などさせてもらった印象では、知的で創作にたいして真摯に、怯まず向き合って奉仕してきた表現者なんだろう。と思ったので。
中盤から台詞、ほぼ詩のような言葉が入る。
断片的なイメージの様にも感じるが、ダンスが言語として広がり補填する。担う。
肉体も言語なんだと改めて思う。
お洒落さ、即興性とそこはかなく流れるユーモア、がゲネプロを拝見したときの私の感想だった。

そして、
C.T.T.セレクション京都に推薦してくれた大阪事務局、京都の杉山さん、たいへんお世話になりました。

今回ご来場してくれたお客さま。
C.T.T京都のスタッフ皆さま、同じ空間・舞台で上演した、
ナマモノなのでお早めにお召し上がりください・250km圏内のメンバー、関係者の方々。
ありがとうございました。

またいつか一緒に何かできたらうれしいです。


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