ティッシュの会

大阪の演劇ユニット

★【森嶌が出演します】2020年3月7日(土)・8日(日) 劇団乾杯第13回本公演 一人芝居「 エンサイクロペヂア ー 大怪訂再版 ー 」会場:もものこぶんこ(大阪市阿倍野区) https://kanpai.kiwamari.org/

★ティッシュの会の次回公演は、2020年秋頃、大阪市内の劇場で予定しています。

予約はこちら

劇団乾杯 第13回本公演 一人芝居 エンサイクロペヂア 大怪訂再版
2003年初演。劇団乾杯唯一の一人芝居「エンサイクロペヂア」を大改訂再演! 出演は、今をときめく演劇ユニット「ティッシュの会」より森嶌正紀! 百科という極大を、たった一人の極小で演じます。お見逃し無く!

◆日時
2020年
3月7日(土) 13:00- / 19:00-
3月8日(日) 11:30- / 16:00-
計4回公演です。それぞれ開演時間が異なります。ご注意ください
開場は各開演時間の15分前より。上演時間は約1時間。
3月6日(金) 夜 公開リハーサルを予定

◆会場
もものこぶんこ
所在地:大阪市阿倍野区阪南町1-30-52


◆料金
無料
(定員に限りあり。入場は事前予約の方を優先)

◆出演
森嶌正紀 (ティッシュの会)

◆作・演出
山本握微

◆問い合わせ
メール kanpai@kiwamari.org
電話 090-6753-7137
Twitter @theater_kanpai
メールフォーム https://kanpai.kiwamari.org/contact.html


公演についての詳細は、劇団乾杯のウェブサイトをご確認ください。
https://kanpai.kiwamari.org/
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写真:工藤頌子(劇団コバヤシライタ)
日時:2019/9/7
会場:シアターねこ
公演情報:http://tissuenokai.blog.jp/archives/9367950.html
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やはり、夏は終わって、秋が来るなという気候になって来ました。人の力を越えた不思議が世の中には、あるなあと思います。〝継続は力なり〟と言いますけれど、その力とはいったい何なのか、地味な事でも続けていれば・いつか本人にも実力がついて今まで出来なかった事ができるようになるという意味は、勿論あるだろうけども、ひょっとしたらこの宇宙の内では、もっと大きな意味かも判らないと最近、思うようになって来た。理由は何もないのだけれど、続けるためには、本人の意志だけでは駄目で、もっと他力的な部分であるだろうし、部分を動かせば、全体が動かないと、整合性がとれないだろうし、つまり続ける事によって、本人も何かしら変化や成長があっただろうけれど全体も変化した筈だから当然、次の立ち位置も変化している筈だと思うのです。だから、自分の力でというのが怪しいもので、本当は、ほとんどが全体の中のほんの少しの自分の小さな力なのだと思うのです。ほんの少しで全体を感じる、これが重要だと思うのです。
2019.9.25 久米

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最近は、台風とかが近づいて来たら、昔のようにギリギリではなくて、前もって計画運休とか、交通機関が休むようになってきた。ちょっと違うけど高校野球のピッチャーの球数制限とか、昔のように企業サイドの生産性よりは、消費者サイドに立ったリスク管理というか、何かあった時の責任の問題とか、利益よりまず安全でしょという社会全体の流れ、今日の勝敗よりも若者の将来でしょ、とか、昔と常識というのが変化してきていると思う。それは時代の流れであり、変化だから、その方向に行くのだと思う。今までは、大きな事は良い事だということが多かったけれど、これからは、これは、長持ちする商品ですよ、これは少し高いけれど健康的ですよという事に、賛同する人が増えてくるという消費の傾向を先行しているのだと思う。
2019.8.25 久米

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時間を経て存在しているという事は、すべての問題点を乗り越えている証明であると最近良く思う。そこには、健康の問題も、お金の問題、人間関係すべてのことが含まれている。今も続いている商売、古いけれど、今も活用されている建物、それは、存在するだけで感動させる何かを持っている。それほどまでに続けて存在するという事は難しいのだと思う。勿論、中心となる人の強い意志と情熱があるのだけれど、それだけでは、不十分で、周囲のとの偶然とも思える調和も必要になってくる。そしてそれは、空間を突き抜ける時間の軸となるのだと思う。人の活動は、40年から50年位だけど、人の歴史が続く様に、商売とかが続くのは、今も昔も変わらない。求める心とそれに応える心があるのだと思う。応える心というのは、変化する事でもあり、変わらない事でもあるんだと思うんですよね。
2019.7.25 久米

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今年は梅雨入りが遅くて、大阪は、未だ梅雨入りしていませんが、今週あたりから入りそうです。湿度が高いと身体が辛いですが、これも自然の恵みと感謝しかないようです。昔は、喫茶店で文庫本を読んでいる人をよく見かけたのですが、最近は、ほとんど見ることがありません。そしてほとんどの人がスマホの画面を見ています。それは、メールだったりゲームだったり、漫画だったり色々ですが、時として小説だったりします。お金もスマホで払えたり、知らない場所に行って知らない事柄もスマホで調べられたりします。これはちょっと前の生活から考えると劇的な変化で、これからみんなの生活は、どうなるのか、マンションの都市部への集中と都心回帰の生活、人々の描く、理想の生活ってどんな生活なのか時として不便が幸福だったりする事もあるだろうし、環境が大きく変わっても、やはり子供達への愛情は、同じようにあるだろうし、人間は結局のところ、何を目指しているのだろうか。
2019.6.25 久米

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物語と古典と言われるものの違いは、身体に響くかどうかではないでしょうか。20代の頃、それまで、あまり読書というものをやった事がなかったので、世間的に古典と言われるものを読みました。〝月と6ペンス〟〝車輪の下〟〝ジャンクリストフ〟〝幸福論〟〝レミゼラブル〟e.t.c.どれも身体に響いたように思います。今後、A.Iが色々な分野で進出して来ても、人の身体に響けるかどうかというのは判りません。A.Iというものが便利にして行く事がは出来ても、感動を与える事が出来るかどうかというと、それは、確率的には、低いのでは、ないでしょうか。人の仕事でも、やる人によっては、A.I以下というものがたくさんあって、これらは自動音声の機械対応の方がずっと良いという事がたくさんあるでしょう。人間が人間であるためのサービス、最終的には、そこに行くのでしょうが、それは、とても不便なことをする可能性があります。でもそれで感動しているなら、それは、最上のサービスなのだろうなあと思います。
2019.5.25 久米

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時の流れは確実で、あの冬は、どこに行ってしまったのかという感じの春になり、雰囲気は、初夏という感じです。世の中はどんどん変化して人の仕事は、A.Iに取って代わられると言われてしまいますが、では、人間は、どこで仕事をすれば良いのかと考えてしまいます。あるチェーン店のサンドイッチの店でサンドとコーヒーを注文しました。〝今日は、山廃醤油のドレッシングがお奨めです〟と言います。言っているのは、ベトナム人です。あるスーパーで玉子を3パック買いました。店員さんは、こちらをチラッと見て〝袋をもう1枚お付けします〟と言います。日本人です。前者は、訓練によって山廃醤油を奬めている、本人に山廃の味が判るのか、それは判りません。後者は、その時に本人が判断して出てきた言葉です。日常生活の背景というものを体験によって理解している感じです。前者のベトナム人も日本人での体験と言葉の上達によってそうなるでしょう。学校生活・結婚・出産・子育て・失業・人生のすべてを体験するのは、A.Iには無理で、そのすべてを結びつけられた解答を出すのは、やはり人間なのではないでしょうか。
2019.4.25 久米

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どんな事があっても時が過ぎていくのを証明するように、所々で桜が咲き始めました。世の中は、大局で考えれば、すべてが駄目ということはないわけで、やはり人の営みがある限りどこかで人の集まる所があるわけで、そこには、やはり、お金が流れていくとなる筈です。要は、自分がそこにあるいは、その周辺にいる事が大切で、これからは、増々、人の心を考えることが重要になるのだと思います。商品があるだけ、新製品があるだけで売れる事も無く、どれだけ人に寄り添う事ができるかが重要で、こんな事がという様な事が、商売になったりするかも判りません。又、逆に人間同士の本当のつながりも重要なのだと思います。孤独が引き起こす病気ってとても多いと思うのです。
2019.3.25 久米

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暖かくなって来ましたが、朝晩は寒いなあとまだまだ感じます。花見の季節になっても夜は、寒かったりするからもう春ということなのかも判りません。夜、駅に近いカフェとかに行くと、みんな、パソコンを見たり、今日の仕事の仕上げをやっている感じです。きっと家に帰ると急にホッとして何もできなくなるからだろうと思います。とても理解出来るけれど、それで良いのかなあと思います。働く事は、人にとってとても大切で重要な事だと思いますが、良質の睡眠というものがある様に良質の仕事というものもある筈で、いかに良質の労働時間というのを確保するのも人間らしく生きる為に必要だと思います。精神の病気が増えて来ているし、物は持つより借りようという方向だし、いろんな物がたくさんあるのが豊かな時代というのは確かにあったけれど、どうもそれは過去のものになってしまった気がするし、これから、人は何に対して幸福を感じるのか、本当は、しっかりと存在するのだけれど、形としては、人それぞれに違うのだと思う。だから余計に判りづらくなって、企業は困っているのだと思う。要は、オーダーメード?提供する側はとにかく尖っていく。そしたら、誰かが捜してくれる、昔は、捜せなかった事でも今は、捜せる時代だからと言う事か。
2019.2.25 久米

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