ティッシュの会

大阪の演劇ユニット



R20190429
今回もわれわれ制作部からの課題として、講談社コミックスなかよし発行の「あずきちゃん」①~⑤巻を読むこととされた。
ご存知のかたもいらっしゃるかとは思いますが、なかよしに連載された「あずきちゃん」は少女漫画のジャンルに属します。私は今回の件までそういう作品があることを知らなかった。
また、これを読み感想を述べたのはおよそ2年前で、現在とは私自身の受け止め方が変化している。
散漫としており、支離滅裂に感じられるところもあるかもしれませんが、お気軽に読み流していただければ幸いです。



あずきちゃん 
著者 木村 千歌 原作/秋元 康



あずきの弟の名前がだいず、こういうのはあさりちゃんの姉の名前がたたみということと、なにか共通項なセオリーのように思う。

少女の心の機微を繊細に描いている
小学5年生の女の子の間で、こんなに日々の中でドラマがあったとは、(恋愛における)思いもしなかった。
自分は少年時代にそんなにクラスの子を恋愛対象として意識して生きていたのか、憶えていなかったし、たぶんそんなに意識してなかったようにも思う。
よく言われるように「女の子のほうが心が大人になるのが早い」というのが本当なんだなと、当時、周囲の小さい大人たちに自分がどういう風に思われていたのか一生知らないままで逃げ切りたい。
不意にゴルゴ松本さんの言葉で「始まりは全て女の人なんだよ。女偏に土台って書くだろ!?」を思い出した。
さらにこの漫画を読んだおかげで子どもの頃の、今にしてみればひりひりした思い出が蘇った。

【小学校3年生くらいの時、転校してきた女の子がいて帰る道がおんなじ方向だったからなんとなく一緒に帰ってた。
ある日、その子のアパートのところで、「ちょっと待ってて」と言われて、宇宙戦艦大和のキーホルダーをもらった。家帰ってばあちゃんが「それどうしたんや?」と聞くから、「転校生の子にもらった」と言ったら、「その娘あんたにきーほれた、んやな。うけけけけ」と笑ってて、意味が分からん駄洒落みたいなの飛ばしてきた。
気持ちわるかったことだけはバッチリ憶えている。

その子、4年に上がる前にまた引越しして、そして6年の途中くらいに苗字が変わってまた転校してきたが、誰も、以前いたその子って言わなくて。
ぼくも気づかなかった。
ぼくらは小学校卒業し、中学生になってクラスも離れていたし、関わりもなかった。
2年生にあがる頃にはたしか、そのこ不登校になりいつの間にか学校から消えて卒業もしてなかったと思う。そのことに気づいたのは、彼女が転校した子と同一人物だと知ったのはそれからずいぶんと経ったある日のことで、友だちとたわいない思い出話をしてる最中だった。】


1話2話などの小節ごとに[あたし野山あずさ、五年二組の保健委員]と自己紹介が入る。

小学生高学年の、男子と女子との間の思いのみぞ、まあこれはいくつになってもそのみぞはあるのかもしれないが、随所でおもに女子がやさしく嘘をつく。
改めて嘘はいけないとは思うが正直者はそれはそれ、時として周囲の人をイノセントに傷つけているという一筋縄ではいかない人の世の理や、夏目漱石の「草枕」の有名な冒頭の言葉など思い出した。
そしてありきたりだか、ぼくの嘘にたいする順位(あくどい順)など記してみた。

1:人同士の関係性を壊す嘘
2:自分のためにつく嘘
3:相手のためにつく嘘

1〜3と単純に順並べしているが、1と3の間の溝たるや、1番が1979年頃の新今宮のドブのたまりとすれば、3番は大峰山中腹の清流くらいの差はあると思う。
けど、嘘はつかないにこしたことはないんだろう。

1巻の終盤で人気者男子勇之助くんが、雛人形を出さないと婚期を逃すという話題のくだりで「あずきがいきおくれたら、オレがもらってやるからさー」と軽く言ったのをうけて、あずさ(あずき)が卒倒しそうになりつつ、「と.....とにかく一生おひなさまをかざるのはやめよう!、いきおくれてしまおう!」と心の中で思うあたりや、2巻で勇之助くんにたいする恋のライバルである、クラス1人気者女子のヨーコに公園に呼び出され、勇之助から手を引くように言われる。しかし、あずきは思いの丈をついに吐露し、公園でどちらのほうが勇之助くんのことが好きか、地面に多く書いたほうが勝ちという勝負をしたり。

好むも好まざるもヨドミも吸い生きてきた45歳男からしてみたら、直視できない、キュンのフルコースだった。
1度に短期間にあんまり多くのキュンにあてられると、どうも。
この企画今回の課題を申しつけたわれわれ制作部を心的外傷のことで民事提起も視野に入れたいとまでは、思った。


細胞レベルの恋愛、魂レベルの恋愛。←(これも何を指し記述したか覚えていない、ただ、流行った人気女性タレントさんのネタは関連してなかったと思う)
人間の細胞は約60兆個それらが複雑に活動しその網状組織のネットワークにより思考・判断・行動がなされる。その組み合わせや強弱のバリエーションがその人の個性として現れる。
魂は実体のない気体のようなものかもしれないが、だから大きさは計り知れず、無限とも言えるし、ないとも言える。触れられないが存在するものはたくさんあり、魂もそれのようなものかも知れない。

モテる努力をあんまりしていない(ように思える)あずき(あずさ)が、次々とクラスの人気者男子のハートを掴んでいく辺りにご都合主義というか、漫画ならではのファンタジーというかだからこその夢、カリカリすんなよおっさんとわれにもどる。
小学生高学年の時のクラス1人気女子のヨーコのモテ努力などが、現実的には正解とされるのだろう。軽薄な感はあるが。
とはいえあずき(あずさ)も努力していないことはなく、髪型を気にしてみたり、ファッション雑誌を読んでみたり彼女なりの女子度アップを図るわけである。そういった小手先の自分磨きなどではなく、やはり彼女の最大の魅力は、彼女の人を思いやる気持ち、誠実さ、けなげさなどが1番の強みだろう。
人しての魅力はたいへんあるのだが心を蔑ろにしがちにもとれる現代の風潮では逆風が強く、このまま成長すれば生きづらい人になり得るのではないかと思った。漫画だから、彼女の家族はあたたかく、同じような優しい友人に恵まれ、適度な苦難がふりかけられるあたりがフィクションとして心のレクリエーションにちょうど良いのか。

京都のUrBANGUILDでおこなわれるイベント「3CASTS vol.11」に参加します。
イベント詳細・予約
3casts
3人/組の俳優が登場、それぞれパフォーマンスを披露します。
“Cast”には、配役することだけではなく、さまざまな意味があります。
たとえば、投げること、脱ぎ捨てること、影を落とすこと、票を入れること、まなざしを向けること、魔法をかけること……そして、さいころの一振り。
さて、どんな目が出るか。ぜひ目撃を。

3CASTS vol.11
池川タカキヨ(ニットキャップシアター)
ティッシュの会
村山裕希

◆日時
2019年5月20日(月)
18:30 開場
19:30 開演

◆会場
UrBANGUILD アバンギルド
所在地:京都府京都市中京区材木町181-2 ニュー京都ビル3F
京阪三条駅[6番出口]から徒歩約3分、阪急河原町駅[1番出口]から徒歩約6分。

◆料金
当日 2200円 + 1drink
予約 1800円 + 1drink
actor or actress 1400円 + 1drink
受付で「俳優です」と申告すると割引が適用されます。

暖冬だと言っていたけれどここ、数日は、とても寒くて、まあ冬らしい気候というのになってきました。けれど、寒くなると、やはり外に出るよりは、部屋の中で過ごしたいなあと思います。とても寒い国の人だって、外は、とても気温が低いだろうけど部屋の中は、かなり室温を上げる工夫がされているはずだと思う。そうしないと人間、生活できないし、どこかでホッと出来る間というのを持たないと、ストレスがたまってしまうと思うのである。自然が厳しいからこそ、ホッと出来るというのは、ある意味、自然への感謝でもあると思う。毎日、夏というのも、毎日冬というのも、又春夏秋冬があるというのも、人の成長や、物事への考え方に大きな影響を与えているだろうし、なんとなく科学も、四季のある国の方が進んでいる気がするし、哲学もやはり四季のある方がなんだか生活に共生しているように思う。そうすると、私たちが考える才能というものも、どこに生れて来るかで大きく違うだろうし、自分の意志だと思い込んでいるものだって、もっと大きな意思の影響を受けているだろうし、努力だって成果の出る環境があったからこそ、生かされたのだろうし、ほとんど、私たちは、生かされているとしか、考えようが無いのである。不思議だけれど、そうなのだ。
2019.1.25 久米

今年は暖冬だと言うけれど、今の処は、その予想は当たっていて、本当に寒い日というのは無い気がします。クリスマスの今日、ケンタッキーフライドチキンには、歩道の信号機の所まで、人の列が出来ていました。やはり、日本は、本当に豊かなんだなあと思いました。地球上の格差、そして、この街のどこかには、マッチ売りの少女のような子が存在するわけで、いつの世も、みんなが豊かであるというのは、難しいわけで、一方で本当の豊かさとは、と言いだしたら議論に終わりは、ないわけで宇宙が、すべてを含んでいると考えたら、この地球上にもすべてが存在するわけで、自分の生活圏の街を考えても、ほとんどすべてのものを含んでいるはずです。宇宙があって、地球があって、自分の命があって、今がある、それがすべてのような気もします。自分自身にも歴史があり、生まれて来て、受験があったり、成人したり、就職したり、結婚したり、又、地球にも歴史があり、それをすべて含む宇宙にも歴史があります。でも今というのは、宇宙、地球、自分のある一点だから奇跡であると言っても良いかもしれません。すると奇跡の連続というのが時間であるから、世の中、何が起きるか判らないということになり、人生というものも生き切ってみないと判らないということになります。すると、ひょっとして、自分というのは、奇跡ということなのかなあ?
2018.12.25 久米

今年もあと僅かで、時間は、あっという間だというのが実感です。おそらく誰でも自分の持ち時間は、少ないなあと思っているのではないでしょうか。でも、その少ない持ち時間の中で、どんどん仕事をすすめて行く人は、居るわけだし、時間だけは、すべての人が平等にある筈です。小学生の頃には、自分が死人になるまでには、気が遠くなるような時間が必要だと考えていましたが、実はそうではなくて、意外とあっという間だという事が解ってきました。時間を味わうように生きられたら幸福なのでは、ないかと最近思います。時間を味わうように生きるというのは、お金があるとか、人間関係に恵まれてとかと同じか、それ以上に重要なのではないかと思います。おいしい時間を過ごす、ひょっとして、次の時代の経営テーマは「おいしい時間の過ごし方」では、ないかと、いつも時間が足りないのは、欲ばり過ぎて、もっとシンプルに自分にとって必要なものを絞り込むべきだということかも知れません。優先順位のつけ方の上手な人というのが、おいしい時間を過ごしているのかなあとか、でも偶然の多い人ほど幸福な気もするし、その人の努力だけでもなしに、天との関係のような気もするし、いったい「おいしい時間」というのは、どうすれば良いのか、でも、夢中で生きてきた人というのは、いわゆる良い顔というのをしているんですよねえ。
2018.11.25 久米


▼予約フォーム
https://www.quartet-online.net/ticket/20181224


「ティッシュの会のクリスマス」
出演・構成・演出=森嶌正紀 出井友加里

◆日時
2018年12月24日(月・祝)
14:00開演(13:30受付・開場)
17:30開演(17:00受付・開場)
 上演時間は約70分の予定です。


◆会場
大阪市立東成区民センター 集会室601・602
 所在地:大阪市東成区大今里西3-2-17
 Osaka Metro(旧大阪市営地下鉄)千日前線・今里筋線「今里駅」2番出口から西へ徒歩約3分。
 区民センターに着いたら、エレベーターで6階までお越しください。


◆料金
1000円(予約・当日ともに)


◆ティッシュの会
2010年、森嶌正紀と出井友加里によって結成。大阪を拠点に演劇活動をおこなっている。台本などのテキストを用いず、俳優が散漫に発した言葉から作品を構成していく手法が特徴。


◆予約フォーム(カルテット・オンライン)
https://www.quartet-online.net/ticket/20181224

 予約特典:歯の消しゴムはんこ(数に限りがあります。先着順)
 


◆お問い合わせ(ティッシュの会)
tissuenokai@gmail.com

朝晩に関して言うと、すこし寒いという感じで、もうすっかり衣更えという人もいます。こうなるとあの暑かった夏もすっかり忘れてこれからやって来る冬に向けて気持ちが行きます。何回も何回もこうやって季節を体験するごとに、あの出来事は何時の出来事だったのかすっかり忘れて、あれからもうそんなに経ったのかとよく驚いてしまいます。そうやって色々な人の想いが重なっているのが、連続する空間で時の流れという事になるのだと思います。想いはいつも新鮮で、その頃と少しも変わっていないのに顔の皺だけは増えていたりだとか、足腰だけは弱くなって、あの頃とは歩き方が変わっていたりだとか、他人から見れば明らかに時間の経過を感じてしまいます。本当に美しい人生とは何なのか。時間を体験するという事は何なのか、謎です。ひとつの物が100面体だとか200面体だとか、もっと多いものだとして、どの角度から見ても美しい物というのは、無いのかも判りません。完全形の美しさというのがあれば、そこに人間は美しさを感じないのかも判らないし、どんな美しい人も老いて最期は人のお世話にならないといけないし、どんな英雄も最期は弱いものだろうし、こうあって欲しいと言う人間の想いが絶世の美女も英雄も創りあげているのではと実はみんな凡人なのではないだろうかと考えてしまいます。
2018.10.25 久米

今年は、大阪に台風も上陸して、すごい被害を受けて、改めて自然の力の大きさを感じました。おそらく人間は、昔から自然に苦しめられながら、それでもくじけることなく仕事に打ち込んで来たのだと思います。それとは逆に自然に助けられて生きて来られた事もたくさんあるはずで、私たちが毎日口にする食べ物も自然からの恵みです。おそらく自然は優しさと厳しさを同じだけ持っているということなのだと思います。今、中国や韓国、色々な国から観光客がやって来ますし、私も毎日、外国人の観光客を目にします。先日明らかに観光客のおそらく中国人の夫婦が私の名前を呼びます、一体誰なんだ、一瞬そう思います、記憶が甦ります、“セン・チャウン”彼の名前です。それまでに時々思い出す事がありました。今から27~28年前、働いていた中国人の若者です。当時、彼は、父親が台湾で製薬会社をやっていて、母親はドミニカ共和国で旅行会社を、そして家族は、香港で住んでいました。国籍は、台湾だったと思います。当時、彼は両親に心配を掛けていて、彼の将来を心配した両親が、ある人を通じて、日本に一人で修行に出そうと、その結果、私の店で働くことになりました。一年ほどいて、ホームシックになり帰りましたが、その彼が嫁をつれてやって来ました。彼は48才、嫁は、36才、すごい再会です。
2018.9.25 久米

まだまだ暑いけれど、空気はあきを感じさせるものがあります。何かに夢中になるという事は、ある時“はっと”した感じで、自分と外界の接点を感じさせるものがあるものです。それは、自分が何かに打ち込んでいないと感じる事の出来ないものでもあります。その一瞬というものは、快感でもあり、人が何かの成長のきっかけになる一瞬でもあるのだと思います。時間は一瞬の連続なのだけれど、濃淡があり、同じ時間の連続でも違うものです。それは、人によっても違うものでもあるようで同じ事や物を見つめても考え方や結論が違うように、そこには、経験やその人の背景にある歴史が関係するようです。衣食住は人が生きていく基本だけれど、食に対する考え方も人それぞれで、何故か、食べ物の好き嫌いの多い人は、人の好き嫌いも多いし、食べ方の汚い人は、やはり、生き方も整理整頓が行き届いていないように思います。これは、私見ですけれど、自営業の人で食べ方の汚い人というか、食べ残しの多い人というのは、何故か破産する人というのが多いのですが、もちろん、これは私見ですけれど!!
2018.8.25 久米

地震に大雨に猛暑と大自然は動いている感じだけれど、人間は、それに大きく人生を変えられて、それでも明日はやって来るから生きてゆくしかないのだけれど、つくづく、未来というのは追いかけるものでもなくて、向こうからやって来るものだと思う。それは、どんな風なものかは、判らないけれど、私たちは、それに対応して行くしかないのである。なら、何が出来るのかそれは、覚悟を持って今日を生きるしかないのではないかと思う。そんな事考えていたら、何を何時楽しむんだという事になろうけれどそれは、つまり、今を生きるという事なのだと思う。一般に時間の流れは、直線的に考えられるけれど、実は、そうでは、ないのだと思うし、たぶん立体的な構造だと思うし、過去のとらえ方によって、今も未来も変化するだろうし、未来のとらえ方によって、今も過去も変化するように思う。これから、来る未来は、変える事が出来ないけれど自分の過去は、変える事は、できるとはずだと思う。いつも自分史というのは、自分の主観でしかないのは、今の点としての自分の存在だけで、確実なのは、今だけなのだと思う。未来を充実させたければ、自分の過去を充実したものにする事だと思う。最も充実した状態というのは、つまり、感謝だったりありがとうだったりするのだと思う。やはり宗教と物理学は、最終的には、同じ所に落ち着いてしまうのではないだろうか。
2018.7.25 久米

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